贈り物を通したコミュケーション

こんにちは、TRANSIC MDの小寺です。

11月に入り今年も2ヶ月を切りました。
冬はイベントもたくさんあり、これから楽しいことが多い季節になりましたね。
ようやく直接の人との交流も出てきて、街もだんだん賑やかになってきました。

今年はクリスマスのイルミネーションも早くから準備されているそうです。
華やかな街が待ち遠しいですね。

2年近く続くこのコロナ禍では、今まで気がつかなかったことに気づかされることも多く、その中でも、「贈り物はコミュニケーションの一つ」、ということを改めて実感したことについて今回はお話ししたいと思います。


贈り物から感じる温かな心遣い

ラッピングされた手作りのチョコレートこの一年は、友人から贈り物をもらうことがいつも以上に多かったように感じます。
特別な記念日じゃない日に届く贈り物は、会えなくても相手の存在を感じられるものばかりで、緊張感と不安、孤独から少し解放される気持ちでした。

学生時代の友人が、外に出られないからお菓子を作りました、と送ってくれたり、海外からは裁縫にはまった友達がカバンを縫って送ってくれたり。
どれも、「自分がいいと思うものを相手と共有したい」「贈る相手のちょっとした活力に」という気持ちが伝わる贈り物ばかりで、単調な日々に花が咲いたような気持ちを受け取りました。
贈り物にはちょっとした手紙が書き添えられていて、送るときの相手の近況が思い描けます。

反対に私は贈り物を選ぶセンスが悪く、「自分の欲しいもの=相手が喜ぶもの」という方程式に当てはめた贈り物は、過去に失敗ばかりでした。

贈り物には、「自分がいいと思うもの」と「相手が好きなもの」を選ぶパターンがあると思います。
私は「自分がいいと思うもの」で失敗を繰り返したので、最近では「相手が好きなもの」を中心に選ぶようにしています。
それでもお店を2〜3周することはザラ。
なかなか決めることができません。

さらに、贈り物を探す過程で「相手の好きなもの」を思い浮かべられないとき、相手のことを意外と知らないということにハッとさせられたりします。
そして、その贈り物の相手と自分との今までの関わりを思い出していくうちに、いつもあの色の洋服を着ているな、とかランチで美味しいと言っていた食べ物があったな、と相手の好みのヒントを辿って、ようやくこれだ!という贈り物に行き着くことができます。


「贈る」を通して相手とつながる

「エンジョイ」と書かれたメッセージがついたプレゼントこのコロナ禍で贈り物を送るまでのこれらの過程を経ることは、中々直接会えない人たちとコミュニケーションを取っているようで、相手のことを考えながら贈り物を選ぶ思いも一緒に届くといいな、と思うようになりました。

というのも、手作りの品を送ってくれた友人たちは、私が喜ぶだろうか、贈り物を見てどう思うだろうか、と思いながら作ってくれたこと、生活必需品を送ってくれた家族や友人は、私の状況にそっと寄り添ってくれようとしたことが、受け取ったものから伝わってきて、何よりその気持ちが嬉しかったからです。

コロナ禍で直接コミュニケーションを取ることが難しいという状況だからこそ、より強く「贈り物」の素敵な側面を実感することができました。

世界が以前のように直接会ったコミュニケーションができるようになっても、記念日ではない日に贈り物を送る、という贈り物を通したコミュニケーションは続けていきたいと思った小寺でした。